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黒柳徹子の若い頃が美人すぎ!和田アキ子とのパチンコ対決があった?

黒柳徹子の若い頃が美人すぎ!和田アキ子とのパチンコ対決があった?

国民的司会者として愛されている黒柳徹子さんですが、若い頃は「超美人」と評されるほど華やかな魅力を持っていました。さらに、和田アキ子さんとのパチンコ対決が17年間も続いていたというエピソードも存在します。本記事では、黒柳徹子さんの若い頃の美しさや和田アキ子さんとの名物企画について紹介していきます。

黒柳徹子の若い頃は超美人だった

黒柳徹子さんは1933年8月9日生まれで、女優やタレント、声優、司会者、エッセイストとして幅広く活躍しています。若い頃の彼女は「超美人」と多くの人々から評価されていました。特に30代から40代にかけては女性として最も輝いていた時期で、本人も「最もモテた」と振り返っています。

38歳頃にニューヨークへ留学していた際、現地の人々から22〜23歳だと思われていたというエピソードがあります。実際の年齢を伝えると、相手は大変驚いたそうです。この若々しさは、彼女の美貌と生き生きとした雰囲気が生み出していたものでした。

若い頃の貴重な写真が残されている

黒柳徹子さんの若い頃の画像には、女学生時代のセーラー服姿やニューヨーク在住時のキッチンでの写真、薄化粧の姿、パーマをかけた姿などが残されています。これらの写真からは、当時の美しさと時代の雰囲気が伝わってきます。

インターネット上では、黒柳徹子の若い頃の画像として女優のひし美ゆり子さんの写真が誤って使われているケースが多いと指摘されています。ひし美さんは『ウルトラセブン』で友里アンヌ隊員を演じた美人女優です。情報を確認する際は注意が必要でしょう。

36歳の振袖姿がバービー人形に

36歳頃のニューヨークでの振袖姿を写した写真が残されており、黒柳徹子は「海外のパーティーには絶対に和服がおすすめ」と語っています。この振袖姿の写真をモデルにして、世界に一体しかない黒柳徹子モデルの特注バービー人形がマテル社から贈られました。

特注されたバービー人形について、黒柳徹子自身は「玉ねぎ頭の部分がよくできている」と率直な感想を述べています。彼女のトレードマークである独特な髪型が、人形でも見事に再現されていたようです。

黒柳徹子が結婚しなかった理由

黒柳徹子さんは現在も独身で、22歳から23歳頃にお見合いの話があり、24歳から33歳くらいまでに何度かプロポーズを受けたことを明かしています。しかし結婚には至りませんでした。

結婚を思いとどまった決定的な言葉

ある相手から結婚は「面白いもんじゃない」と説得され、親戚の葬式や税金の手続きなど現実的な側面を聞かされました。さらに「自分の性格や才能、感覚を確かめる暇もなく家事に追われる」と忠告され、黒柳徹子は「それもそうだな」と納得し、結婚を思いとどまったそうです。

30過ぎの結婚提案を断った理由

別の求婚者からは「30過ぎて結婚してもいいと思うときが来たら、あなたと結婚するという約束をしてほしい」と提案されました。しかし黒柳徹子は「30過ぎたときにその人と結婚したいかどうか分からない」と考え、この提案には賛成しませんでした。

40年間続いた遠距離恋愛

黒柳徹子は40年間にわたり外国人男性と遠距離恋愛を続けていた時期があり、年に1〜2度しか会えない関係でした。この恋人はフランス人のピアニスト、アレクシス・ワイセンベルク氏だったことが公表されています。相手が亡くなったため、結婚のタイミングを逃したと語っています。

和田アキ子とのパチンコ対決とは

黒柳徹子さんと和田アキ子さんの「パチンコ対決」は、テレビ朝日・ABCテレビ共同制作の正月特番『志村&所の戦うお正月』における名物企画でした。2001年から2017年までの17年間、毎年元日に放送された恒例の人気企画です。対決はパチンコ初心者の黒柳徹子さんと、パチンコ大好きの和田アキ子さんの間で行われました。和田さんは「パチンコ会社のCMに出演しているから徹子さんにその座を取られたくない」と語っており、プライドをかけた真剣勝負でした。

番組の基本構成

志村けんさん率いる「志村組」と所ジョージさん率いる「TEAM所」が、著名人による対決の勝敗を予想する形式でした。パチンコ対決もそのVTR企画の一つとして毎年楽しみにされていました。タキシード姿の中堅お笑い芸人が進行役を務めました。

パチンコ対決のルール

軍資金5,000円からスタートし、制限時間は1時間で、最終的な出玉の多い方が勝利というシンプルなルールです。資金が尽きた場合は2回まで「救済システム」が利用可能で、モノマネや顔面ラップキスなどの指令をクリアすると所定の金額が補充されます。

予想外の展開が続いた初期

2001年から2005年まで、パチンコ好きの和田さんが5年連続で惨敗するという予想外の結果が続きました。和田さんは当たりをほとんど出せず「ヒキが弱い」とされ、初心者の黒柳徹子が圧倒的な強さを見せました。

2006年に和田アキ子が初勝利

6年目の2006年、和田さんがついに初勝利を収めました。この勝利は和田さんにとって感慨深いものだったでしょう。以降は両者が勝利を分け合う展開となり、対決は白熱していきます。

2011年は史上初めて双方とも当たりが出ないという珍しい展開でした。この時は確変状態の台を使ったサドンデスで勝敗が決まり、視聴者も手に汗握る展開となりました。

2017年の最終対決

17年間続いた対決は2017年が最後となりました。この年は初のチーム制で行われ、黒柳徹子さんが3年連続で勝利を収めました。和田さんは足つぼマットの罰ゲームを受けることとなり、最後まで盛り上がる企画となりました。

17年間の通算成績を見ると、黒柳徹子が11勝、和田さんが6勝という結果でした。パチンコ初心者だった黒柳徹子が、愛好家の和田さんを大きく上回る成績を残したことは、視聴者にとって驚きのエピソードとして記憶されています。

まとめ

黒柳徹子さんの若い頃は超美人と評され、38歳でも20代に見られるほどの若々しさを保っていました。和田アキ子さんとのパチンコ対決は17年間続いた名物企画で、初心者の黒柳徹子が圧倒的な強さを見せました。多彩な魅力を持つ黒柳徹子さんの人生は、今も多くの人々を魅了し続けています。